番外編 最終回 三菱スリーダイヤは史上最高の嫌味

カブックス通信番外編 最終回  三菱スリーダイヤは史上最高の嫌味


~三菱グループ創業者 岩崎弥太郎の生涯 最終回 ~

 

 

大阪・名古屋校講師の河端です。

 

いつもトレードの話ですが、本日は気分転換に

 

カブックス通信番外編を書きたいと思います。

 

今日は三菱グループの創始者 岩崎弥太郎の生涯 最終回です。

 

 


「三菱」VS「三井」との泥沼の戦いはヒートアップしていく

 


戦いはこの男の最期まで続くが、

 

 

明治中期になると

 

三菱は大きく船出した。

 

 

 

振り返ってみると


弥太郎が営業時に頼み込んだ イギリスの武器商人

 

 

長崎のグラバー(グラバー邸で有名)は彼の部下となった。

 

 

他、坂本竜馬の海援隊も彼が吸収!

 

 

社長になってからは

 

 

ライバル企業を次々倒し、のちに吸収

 

 

国とも戦って、勝ってしまった。

 

 


と散々頑張ったこの男であるが

 

岩崎弥太郎戦いの中で 命は 尽きる。

 

明治18年 2月7日朝 結核である。享年52歳

 

 

 

 

三菱は新興勢力で、この時代を駆け抜けた。

 

 

そして、以後の三菱のメンバーも並々ならぬ努力で

 

 

会社を大きくした!

 

 


平成の現在は100社以上の関連会社があり、

 

 

従業員、その家族を入れると100万人以上の

 

 

日本の中核をなす企業として存在している。

 

 

 


本当に すごい 飢え死に寸前の地下浪人が作った会社が

 

 

ここまで大きくなったのだ!

 

 

はっきり言って、日本歴史史上、どん底からここまで

 

 

這い上がったのは 豊臣秀吉かこの男である。

 

 

 


明治維新の一番出世はこの男なのかもしれない。

 

 

 

 


・・・終・・・

 

といいたいが、こんなんで終わっては面白くない!

 

 

そんなのカブックス通信の岩崎弥太郎伝ではない!! 


もっと泥臭く終わりたいっ!

 

 

ということで今日は最後に三菱各企業が多く用いる

 

 

三菱のシンボルマーク

 

 

「スリーダイヤ」 について取り上げたいと思います。

 

 

 

「スリーダイヤ」

 

三菱の商標 そしてシンボルマーク 赤い菱形はだれでも知っている

 

 

三菱のマークである。

 

「スリーダイヤ」はもともと

 

 

土佐藩のお殿様

 

 

土佐山内家の家紋「三ツ柏」を岩崎家の家紋「三階菱」と合わせて

 

 

 

スリーダイヤにした。というのが定説です。

 


岩崎弥太郎が、

 

「土佐の主君である山之内家の家紋を取り入れることで

 

、土佐のお殿様である山之内家に敬意を示した。」

 

というのが定説のようです。

 

 

 


ただ「それはない!」  

 

 

この男はそんな男ではないっ!

 

 

 


土佐藩士なら、恐れ多くも、主君の家紋を自分の家の家紋を

 

足して2で割るようなことは絶対にしない!

 

 


そんなこと江戸時代にやったら、一族郎党皆 

 

 

打ち首である!磔獄門である!

 

 


では「スリーダイヤ」とは何か?? 

 

 

 

誰も言っていないが、私にはわかる。

 


岩崎弥太郎、「単なるこの男の嫌味である!」

 

 

 

スリーダイヤは元々はもっと細く「山之内家」の

 

細い形からだんだん太くしていった。

 

(だんだん岩崎家の家紋・三階菱に近づけていった)

 

 


なんて!  嫌味な!  ヤローだ!

 

 

 

考えてもらいたい、主君、山之内家からみたら、

 

 

地下浪人の岩崎家など「虫けら」である。

 

 

奴隷と一緒である!

 

 

その虫けらから、財産、金で買い叩かれ、

 

 

旗印である「家紋」まで使われ、どんどん地下浪人家の形に吸収される・・。

 


当時、山之内家の関係者は、悔しくて、悔しくて、

 

 

 

手ぬぐい歯でぎゅーっとしてたに違いない!

 

 


しかし、考えてみれば、岩崎弥太郎は元々山之内家の家臣ではない!

 

 この男の先祖は長曾我部家の家臣なのだ!!(第一話参照)

 

 

260年差別により辛酸嘗め尽くして、仲間は殺され、

 

 

歴然たる身分差別に苦しめられた!

 

 

この男なりの復讐なのだ  

 

 

土佐の殿様の家紋を地下浪人の家紋が吸収する・・・

 

 

あの男は誰もいないところで、ほくそ笑んでいたに違いない!

 

 


弥太郎は差別から立ち上がり、

 

 

 


お殿様のプライドまで食いつぶしたのである!

 

 

三菱の「スリーダイヤ」は、地下浪人が日本の一部を造り成すという

 

 

日本史上最高の嫌味かもしれないっ!

 

 

 


なんという時代! なんという男!

 

 

ただ  

 

 

 

岩崎弥太郎 

 


お前は最高だ!! 

 

 

 

  完

 

 

 

 


あとがき  

岩崎弥太郎伝を皆さんにお届けしましたが、
私も伝記(?)なるものを、たくさんの人にお見せするなんてしたことはなく、手さぐりしながら書き進めましたが、


お恥ずかしい、雑文や、下手な文章校正などあったと思います。

お許しください。

 

ただ私も岩崎弥太郎を知っていたわけではなく、文献など収集、検索して

 

時代背景、自分なりの想像も加えて、岩崎弥太郎という三菱の創始者について想像を深めてきました。

 

大変といえば、大変でしたが、それよりも、時代や人を向き合える時間ができたことはたいへん楽しかったです。

 

私のような者が、三菱創業者の話を書くことは恐れ多いことだったかもしれませんが、

 

岩崎弥太郎という方と向き合える時間ができ、大変うれしく思っています。

 

みなさん毎日のトレードの中で少しでも、気分転換になっていたら幸甚です。
                     

 

 

 



コメントをお書きください

コメント: 5
  • #1

    michimon8 (日曜日, 26 2月 2017 12:11)

    毎回楽しかったです!ありがとうございました(^^)
    水道橋にレキシバーがありますが、そこでの話より何倍も楽しかったです。
    旧岩崎邸などへお邪魔することもあったので、興味深く、底から這い上がる
    弥太郎の話は爽快でした。

  • #2

    としちゃん (日曜日, 26 2月 2017 23:23)

    毎回とても楽しく読ませていただきました! このまま終わってしまうのは、とても残念です。
    次の番外編をお待ちしています!!

  • #3

    HOBO (火曜日, 28 2月 2017 15:17)

    お忙しいのにお疲れさまでした。ホンとに先生の解説は分かりやすく読みやすいです。改めて、弥太郎が大好きになりました!

  • #4

    佐古昌弘 (木曜日, 02 3月 2017 23:10)

    すごい男ですね、でも、一人の力では限りがあります。弥太郎を支えた人達がいたと思います。
    その後の三菱を支え大きくしたのは、その人たち、そしてその後輩ではなかったかと思います。
    ”人の三井、組織の三菱”と言われています。

  • #5

    宝くじ (土曜日, 11 3月 2017 10:51)

    パチパチ、パチパチ面白かった�
    最近の三菱は、自動車、MRJ、客船など
    冴えません。
    創業者、岩崎弥太郎を忘れたと思いたく
    無いのですが、どうてしょう。

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