2016年

11月

13日

【番外編・河端啓吾】秋の紅葉京都金戒光明寺へ

カブックス通信番外編! 秋の紅葉・京都金戒光明寺へ


カブックス大阪校・名古屋校 講師の河端です。

 

紅葉の季節となりました。

 

いつもトレードの話ですが今日は気分転換に番外編です。
※このメールは昨年送って再送のリクエストの多かった通信を改訂しました。

 


「この寺には秘密がある。」

 

京都中心部から北西・黒谷に金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)というお寺がある。

 

京都には古いお寺が多いが、

 

金戒光明寺はそれほど古いお寺ではなく、

 

江戸時代初期に造られたお寺である。

 

 

しかし、ただの「お寺」ではない

 

この寺は「城構え」である。 

 

高台になっており、京都御所へは2km

 

三条へは下りで1.5km 徒歩でも15分ぐらいで、

 

京の要所へすぐさま行ける位置となっている

 

金戒光明寺は、京で何かの紛争がおこったとき


朝廷(帝)をけん制する、もしくは防御する意味合いで 

 

軍を駐屯させる目的のため徳川家康が

 

造った寺である。 家康は

 

「京で変事があったときは金戒光明寺を使うように」

 

と遺言を残した。

 

ある意味、徳川幕府の軍事施設ともいえる。

 


建立してから250年後・・

 

幕末、京都は政変の嵐となった。


「革命前夜の幕末の京は尊王攘夷を叫ぶ、

 

政変と若い者たちの情熱にあふれていた・・」

 

というのは歴史を良い面からみた場合であるが、

 

食と金を求めて京に入った浪人もたくさんおり、

 

暗殺、強盗、横暴、窃盗など町人の家を荒らしまわる

 

などの被害が多く出ていた。

 


歴史上では「尊王攘夷運動」でも

 

京の人から見たら単なる汚い浪人たちが街を

 

荒らしまわっているとしか見えない・・。

 

討幕運動が起こり、治安が悪化、治安回復を図るが、

 

徳川幕府は250年の泰平で

 

兵は腰抜け、使い物にならない。


幕府は孝明天皇のいる御所の護衛・京の警備・治安維持を目的にして、

 

「京都守護職」を各藩に依頼する。

 

頼んだ藩は「そんな貧乏くじ引くのは嫌だ」と

 

全ての藩が断ってきた・・。


「金はかかるし、恨まれるし。そんな貧乏くじ誰が引くか!」


当然である。


しかし、ただ一つこの話を受けた藩がある

 

奥羽地方の「会津藩」である。

 

会津藩は朱子学の典型 

 

忠義心が強く、兵が精強・・。

 

会津藩しかこの仕事を任せられないとして泣きついたのだ。


幕府の泣く泣くの頼みということで、

 

会津藩・お殿様の松平容保と藩士は

 

「京都守護職」を引き受け、

 

遠く雪国の東北の会津地方から

 

京・金戒光明寺へ入る。

 

会津藩士は京都守護職の任に着き、

 

忠実に職務を果たす。


他の藩の藩士は京に来ると浮かれて、

 

悪さをする者もいたが、

 

会津藩士は忠節を重んじ職務を実行した。

(東北訛(なまり)が強すぎて京では言葉が通じないということもあったが・・)


会津藩の真面目な活躍もあり、

 

京の治安は回復していき、

 

窃盗・狼藉・強盗などの被害は大きく減少した!

 

なので、京の人々は会津藩士を好きになった。


孝明天皇も武士の典型・会津藩の実直な任務を

 

好きになり、一番の贔屓は会津藩となった。

 

一時は治安も回復、討幕運動も陰りを見せたが・・

 

やはり幕末・革命の力は止まりはしない!!


雪国の山の中で育った会津藩士の知らないところで

 

策謀が繰り返される。 


再び、討幕運動が激しくなり

 

とうとう薩摩藩が長州藩と手を組み幕府側と「戦」になる。

 

「鳥羽伏見の合戦」である。

 


薩摩藩を中心とした新政府軍 VS 幕府軍(会津藩を含む幕府側の藩)

 

開戦!

戦況は一進一退だったが、開戦から3日目 


新政府軍(薩摩藩)が錦の御旗(官軍・朝廷の軍の証)を立てる。


薩摩藩の謀略である。


要するに薩摩藩は朝廷を味方につけたのだ。


会津藩は賊軍(朝廷の敵)となった。


これを見た会津藩士は愕然とした。

 

これまで朝廷のために京の治安を守り、

 

幕府のために身を粉にして働いてきた・・。


「なんでおらたぢが賊軍なんだべ?」

 

ここからが会津藩の悲劇の始まりだった。 

 

 

錦の御旗を見た将軍様がビビッて逃走。

 

トップから置き去りにされた

 

幕府軍は壊滅状態・・。 


最新の銃で攻撃された、会津藩も敗走して 

 

傷つき、疲れ果て、疲れとひもじさで、

 

大阪城に逃げ帰るが、

 

城門閉ざされて、お城にも入れない・・。

 

「どうしようもない・・」

 

もう会津に帰るしか道はなくなった・・。

 

会津藩士は金戒光明寺を離れ、

 

京を急いで脱出しなければならなくなった。

 


しかしここで、一つの痛ましい悲劇があった・・。


鳥羽伏見の合戦で

 

 戦死者となった会津藩士の遺体である。

 

通常の戦死者の遺体は 埋葬されるが、

 

会津藩は「賊軍」になったため、

 

戦死者の埋葬は許されなかったのである。

(賊軍(朝廷の敵)となった武士は埋葬は許されない掟があった)

 

 

遠い雪国から出てきて、京を守り、朝廷を守った、

 

会津藩士が一夜にして敗戦、賊軍の汚名を着せられ

 

傷だらけで敗走・・ 


死者の埋葬も許されない・・。

 

京の伏見で、遺体は野ざらしにされ、腐り、

 

カラスにつつかれ、野犬に食われる・・・。

 

「あまりにも、酷い・・・。」

 

「あまりにも可愛そう・・」

 

金戒光明寺の関係者(上坂仙吉)は

 

会津藩士の遺体を密かに回収し、

 

埋葬する計画を立てる・・。

 

しかし賊軍の遺体を埋葬すれば、

 

政府軍から迫害を受ける

 

下手をすれば処刑される・・。


どうする・・

「動くか」 


「このままにしておくか・・」


「どうする・・。」

 

「どうする・・・・。」


・・・・・。

 動いた!!!


金戒光明寺の関係者たちは

 

会津藩士の遺体回収に動くのである!!


伏見までいき、政府軍に知られないように

 

密かに遺体を回収したのである。

 

藩士だけではない、

 

苗字も持たない

 

使役で使えた者も平等に埋葬した・・。


ただ 、政府軍からバレれば、関係者は処刑される

 

墓は壊される・・。

 

金戒光明寺の住職は

 

会津藩士の墓地を金戒光明寺の奥の奥に隠し、

 

 ずっーと 隠し通した。


政府軍が来ても

 

シラ切り通したのである!!


彼らは会津藩士のお墓を守ったのである!


お寺にはお寺の戦いがあった。


彼らはその後も

 

ずっーと

 

会津藩士のお墓を守り続けたのである!!

 

幕末には様々な英雄伝がありますが


一つウラにはいろいろなドラマがありますね。


・・・。

 


ただこの話には続きがある。


その隠れ墓地

 

 なんと!

 

「当時のまま現存するのである!!」

 

金戒光明寺の奥の奥

 

本当に本当に小さな墓地があり、

 

小さくとも多くのお墓が静かに佇んでいます。

 


長年の雨風で

 

もう掘っている文字も

 

うっすらとしかわからない・・。

 

形も定かではないものが多いのですが・。


本当に当時のまま現存しています!!

 

そこには遠く、京にやってきて

 

故郷の会津に帰りたくとも帰れななかった

 

その人たちのために

 

鶴ヶ城(会津若松城)の写真がひっそりと飾られている・・。

 

 

 

 


トレードで利益が出たなら


今年の紅葉は京都金戒光明寺へ!


紅葉の名所でもあります。

 

 

 

 

 

コメントをお書きください

コメント: 3
  • #1

    佐古昌弘 (水曜日, 16 11月 2016 10:38)

    幕府に忠義を尽くし、貧乏串を引いた会津藩、悲劇ですね。緊急事態のときの判断によります。
    京都には9年間住みましたが、金戒光明寺は知りませんでした。
    機会を見て行ってみたいと思っています。

  • #2

    HOBO (水曜日, 16 11月 2016 18:41)

    よし!京都へ行こう☆
    昔、福島に友達がいるので、会津城に行きました。その頃は全く歴史に興味がなかったので何気なく見てたのが、勿体なかったと反省。今回も勉強になりましたし楽しかったです!

  • #3

    境田 紀之 (水曜日, 23 11月 2016 23:56)

    いつもながらよく調べて書かれているなあ、と感心して読ませていただきました。
    大河ドラマにない事実を初めて知りました。ありがとうございました。

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