2016年

6月

22日

カブックス通信番外編「死闘」~桜田門外の変~ ひこにゃんシリーズ7

カブックス通信 番外編! ひこにゃんシリーズ7「死闘」

 

こんにちは、大阪校・名古屋校講師の河端です


いつもトレードの話ですが、本日は気分転換に番外編です。

(いつも読まない方でも本日は楽しめます!!)

 

今回は、ひこにゃんシリーズ7「死闘」桜田門外の変です。

 

先々月の4月にカブックスの研修が

 

東京であったため

 

研修が始まる前,

 

朝一番に

 

桜田門に行ってみました。

 


桜田門に行った というより

 

考えてみれば

 

 

「皇居に行くのも初めてやないか!!」

 

 

大阪城や名古屋城も立派だが

 

さすが江戸城 格が違う!

 

桜田門外には警視庁

 

その向こうには裁判所に外務省

 

日本の中枢・・。

 

 

156年前 ここで桜田門外の変があったと思うと

 

朝一から一人かなり、年甲斐もなく興奮してしまい

(あー東京校の方うらやましい・・)

 

私は警視庁の門番のおまわりさんに

 

変な外国人旅行客に見られていただろう。

 


それはさておき、、、

 

昔の地図を片手に

 

その日の状況を想像してみた。

 

 

桜田門外から、右手を見ると大きな交差点

 

その向こう道路沿いに国会の洋式庭園がある

 

国会の庭園に、黒い時計台が立っているが・・

 


「そこが旧彦根藩邸の位置である。」

 

 


桜田門から右手ではあるが

 

桜田濠が右にやや湾曲しているため

 

 

襲撃側(水戸浪士たち)は真正面から

 

彦根藩邸の門が開くのが見えたであろう・・。


彦根藩邸から桜田門までは近い 450m

 

 


実際に歩いてみた・・

 


彦根藩の行列のスピードから察するに

 

彦根藩邸から恐らく5分~6分程度で

 

桜田門へ入場するルートだろう。

 


あまりに近いため、彦根藩側は

 

相当な油断があったのかもしれない・・・

 

 

 

襲撃の日は3月3日 これは旧暦であるため

 

現在では「3月24日」

 

156年前、この日3月24日に季節は外れの大雪が降った。

 


3月24日に20cmの積雪 

 

この時期に20cmの積雪である・・。

(ちなみに今年の東京の桜の開花日は3月21日)

 


しかし  この大雪が この季節外れの大雪が!

 


「歴史を変えた!!!」

 


襲撃側・水戸浪士 指揮者 関鉄之助(せき・てつのすけ)が

 

考えた急襲方法は以下である。

 

まずファーストアタックは 

 

訴状を持って「彦根藩隊列の前へ立つ」

 

当然誰かが近づいてくる。

 

そこをいきなり斬りつける!

 

 

他の彦根藩の供侍(警固の武士)が

 

前へ駆けつけたところを

 

手薄になった 井伊直弼が乗る

 

籠(かご)へ向けてピストルを発砲!それを合図に

 

一気に両側から急襲する!

 

というものである。

 


・・・・・・・

 


「ザッザッザッザッ」

 

 

彦根藩隊列(総勢60名)が桜田門外へ差し掛かった・・・・

 

大雪がみぞれ交じりになっている・・。

 


「奉る(たてまつる)奉るーっ!!」(襲撃側・森五六郎(もりごろくろう))

 

 

訴状を掲げ、隊列の前へ走り出る!

 

 

「道を開けろーっ!」(彦根藩士・警護の供侍) が

 


前へ走り出し、静止しようとした・・その瞬間

 

 

「ザクッー!」 襲撃側・森五六郎の刀が一閃っ


斬ったーっ!!

 

 

前方へ彦根藩の多くの供侍が駆け寄るっっ!

 

 

 

「パーーッッンッ」

 

ピストル音が桜田門外に鳴り響いたっ!

 

 

 

水戸浪士襲撃側が一斉に

 

井伊直弼の乗る籠へ襲い掛かかったっー!

 


関鉄之助の作戦が見事にハマった。

 

大胆な作戦でも、緻密に作戦立案するのが

 

日本人の特性である・・。

 


彦根藩側はここで大きな誤算が二つあった

 

 

まず、その日は大雪であったため

 

隊列にいた供侍は刀に柄袋(つかぶくろ)をかぶせ

 

ひもで結んでいたため、すぐに抜刀できなかった。

 

 


もう一つは合図のために打った

 

ピストルの銃弾が不運にも

 

井伊直弼に当たってしまったのだ。

 

 

元々この時代のピストルなど、命中率などゼロに近い

 

それがなんと井伊直弼の大腿部を貫き

 

身動きが取れなくなったのである。

 

 


襲撃側は18人、

 

戦闘に参加するのは16人

 

作戦指揮者の関鉄之助、岡部三十郎の二人は戦闘には参加しない

 

戦闘を見届ける。

 

 


籠を狙い両側から水戸浪士(襲撃側)たちが一斉に斬りこんだ!!

 


発砲音を聞いて飛び戻ってきた

 

彦根藩士供侍は体当たりでそれを防ぐ。

 


「斬りあいが始まった!!!」

 


これは本当の実戦である。

 

 

テレビで見るようなチャンバラでも

 

剣道のような剣術の試合ではない


本当の実戦である。

 

 

彦根藩側はパニックに陥った!

 

斬りあいが始まると

 

 

30人ほどの足軽や籠の担ぎ手はほとんど逃げてしまった・・。

 

 

精鋭とされた彦根藩供侍も逃げた者が多く

 

いた。

 

事後の記録から(死者・治療記録)察するに恐らく

 

戦闘に本気で参加したのは

 

15人程度だろう

 

ほぼ同数の戦いだったのではないだろうか・・

 

 

 

襲撃側もパニックである

 

興奮、恐怖、焦り  とにかく刀を振り回す

 

人を斬ったものなどいない

 

皆、初の実戦である!

 

刃物を持った男たちが

 

つばぜり合いで ぐちゃぐちゃの乱闘しているだけである。

 

 

 

とにかく襲撃側は籠へ向けて突進する。

 

彦根藩供侍はそれを防ぐ!


血みどろの戦いになった

 

彦根藩士は錯乱している

 

まだ柄袋とりから刀を抜けず

 

袋にかぶせたまま

 

戦っているものがほとんどである・・

 

 


次々に彦根藩側は斬られていく

 


襲撃側も同じく混乱している

 

雪で視界が悪く、「同士打ち」をしている者さえいた・・

 

 

斬りあいが続くと真っ白な雪が

 

真っ赤に染まりだした。

 

 

 

担ぎ手が逃げ出したため

 

井伊直弼の乗る籠は 桜田門外に置かれ

 

そこを両側から水戸の浪士たちが襲っている。

 

 

彦根藩士たちも必死に防戦!

 

籠の周りでぐちゃぐちゃの戦闘が繰り

 

広げられている

 

この時点でもあまりの急な襲撃に

 

彦根藩士は抜刀することが

 

できない者が多くいた・・

 

 


しかしこのすさまじい状況の中

 

たった一人、籠の脇に立ち、

 

刀の柄袋を冷静にとり、雨具も脱ぎ捨て

 

戦闘体制整えている男がいた

 


他藩にも聞こえた剣豪 

彦根藩士 河西忠左衛門(かわにし・ちゅうざえもん)

 

 

いわゆる彦根藩最強剣士である!!

 

 

有村治左ヱ門(襲撃側・薩摩藩士)が一瞬のスキを突き

 

籠めがけて刀を突きたて突進した

 

「カーンッ」河西(彦根藩士)がそれを刀で打ち返した!

 

河西はとにかくただ籠を守る。

 


他の彦根藩士も、襲撃側と闘っているが

 

もう体中斬られて血みどろである

 


桜田門外の変の戦闘時間は諸説いろいろある・・。

 

たくさんの人が見ていたため、

 

 

文献は残っている・・。

 

5分というものもあれば

 

「タバコ二吸いする程度の時間」

 


10分から15分程度という文献もあり

 

「短い時間の戦闘」として残されているものが多い。


しかし私が状況から考えるに、恐らく

 

8分程度の戦闘時間だったと考えられる。


「たった8分の戦闘」ではない

 

 

わたしから言えば、「8分間もの間」命を懸けた

 

死闘を30人近くがしていたのである。

 

 


現場では 吠える声 うめき声 錯乱する音が鳴り響き

 

すさまじい状況である。

 

 

襲撃側も彦根藩士も文字通り「死闘」をしている

 

 

籠の横では 河西(彦根藩士)が 2対1で戦っている

 

山口辰之助(襲撃側水戸浪士)と河西が 

 

お互い組合いつばぜり合いで取っ組み合っている

 


その時 一瞬 籠にスキができたっ!!


そこを稲田重蔵((いなだ・じゅうぞう) 襲撃側水戸浪士)が刀を突きたて突進した!!


ダッダッダッダダー!

 

「ザクーッーーッ!!」

 

 

刀が籠を貫いたっ!! と、と、と思いきや

 

 

籠に到達するより一瞬速く 山口(襲撃側)を蹴り飛ばした

 

河西(彦根藩士)の刀が 稲田重蔵(襲撃側)の腹に突き刺ささっていたっ!!

 


河西そのまま踏み込み 横っ腹を払らい 勢いで体が舞ったところを

 

袈裟がけに斬った!!(稲田重蔵 即死)

 

 


襲撃側で現場で討ち死にしたのは 稲田重蔵一人である

 

他の彦根藩士もこのころには抜刀しているが

 

皆、血だらけである・・。

 

 

 

つばぜり合いや素手で

 

刀をつかむものがいたため

 

指や頬の肉の一部、鼻先などが

 

雪の上に血に交じり転がっている。

 


とにかく籠を守る

 

ただそれだけである

 

時間が経てば 彦根藩邸から応援がくる

 

それまで死ぬ気で籠を守るのだ


逃げた者に対しての怒りや

 

水戸浪士たちへの憎悪、そして恐怖を抱えながら

 

戦っている。

 

しかし一人ひとり、地べたへ 倒されて行った

 

体力の限界を超え

 

河西は2対1で戦っていたが、

 

3人目から後ろから刺され

 

はがいじめにされたところを 前からグサッ 

 

横からも刺された!

 

刀を持ち替え、後ろの

 

広岡子次郎((襲撃側)ひろおか・ねのじろう)を

 

刺し返すが もう終わりである

 

前から横から刃を受け 切り倒された・・・。

 

 

彦根藩最強剣士が倒れた! 

 

 

 

他の者も、もう倒れている・・。

 

 

 

「空いた」 「空いた!」 

 

 「空いた!!」

 

 

籠を守る者はもういない・・

 

 


有村治左ヱ門(襲撃側・薩摩藩士)が 刀を向け突進 


「グサーッ!!」

 

とうとう籠を貫いた!!

 

 

中にいた井伊直弼を刺した!!

 

有村治左ヱ門は

 

井伊直弼を籠から引き出す・・・。

 


井伊直弼 これが最後の姿である

 


一瞬の静寂が桜田門外に走った

 

 

「きえっーっ(薩摩示現流の掛け声)」 ザクッー!

 


有村治左ヱ門が井伊直弼の首をはねた!!

 


有村治左ヱ門はその首を掲げた

 

 

 

「首を獲りもしたぞっーーー!!」

 

 


水戸脱藩浪士たちは一斉に「歓声をあげた!!」

 

 

260年間徳川幕府の最強藩と言われた

 

彦根藩のトップを、最高権力者の大老の首を獲ったのである

 

井伊直弼(享年46歳)

 

 

ひこにゃんは討たれたのである・・。

 

 

この瞬間に徳川幕府は崩壊したといってよい

 

ここから徳川幕府は坂道を転げるように

 

崩壊していく。

 

 

雪の止んだ

 

桜田門外には無残に戦いの跡が残されていた・・。

 


・・・つづく

 

 

★ご意見ご感想お待ちしております。

 

 

次回はひこにゃんシリーズ最終回

桜田門外の変「その後」です。

 


※ひこにゃんシリーズ1話から6話までご覧になりたい方は
カブックスHP→カワバタのブログでご覧になれます。

 

 

 

 

 

 

 

コメントをお書きください

コメント: 10
  • #1

    ランランたまちゃん (木曜日, 23 6月 2016 12:42)

    川端先生!
    素晴らしいです!

    臨場感溢れていて、その場にいるかのように緊張して読ませて頂きました。
    有り難うございます。

    あと、白虎隊と岩崎弥太郎の話も読んでみたいです。

    極貧の土佐下級郷士から三菱財閥を作り上げた剛腕の持ち主ですよね。
    土佐藩の三葉柏紋と岩崎家の三階菱紋を合わせ、三菱の「スリーダイヤ」を作ったのだけは知っていますが・・・。

    楽しみにしています(それより株を頑張れ?)

  • #2

    代表藤井 (木曜日, 23 6月 2016 12:45)

    これ…読むの大変なんで、動画にしてもらえません(^^;?

  • #3

    ミックス村瀬 (木曜日, 23 6月 2016 13:32)

    株のお話と思いきや、なんと時代劇!しかも井伊直弼とくるか?ひこにゃんシリーズを読んでみたくなりました。

  • #4

    山田豊 (木曜日, 23 6月 2016 14:24)

    武士の世界でも真っ向から白刃で闘う者から、怯えて逃げ出す者までちょんまげ武士でも現代人にも共通するところがあったんや⁉万が一でも肉や骨を切られる恐ろしさ解るなぁ❗
    血生臭さ漂う世界で日本の将来を見据えた術を身に付けた先人達の意志が現代の礎になってるとは、改めて偉人達の現代に残す足跡唾辿る面白さ仮想体験しました

  • #5

    高山 (金曜日, 24 6月 2016 06:13)

    面白く一気に読み、喉のなる感じです。
    次回を楽しみに致します。

  • #6

    佐古昌弘 (金曜日, 24 6月 2016 17:50)

    世界の情勢がわからず、ひたすら尊王攘夷を唱えた純粋な人たち。
    その人たちに、世界の情勢のわからない人が指導する。
    その指導者に従って戦った人たち。
    その後の人生は悲惨でした。
    京都の池田屋騒動等で多くの人たちが死にました。
    生きていれば役に立った人が沢山居たであろうに。
    このような人たちの犠牲のもとにその後の日本、そして今の日本があるのです。
    いつの時代でも必要なのは、前の見える指導者です。

  • #7

    匿名にしました (金曜日, 24 6月 2016 20:13)

    実は親子で読んでいます。娘も絶賛しておりました。
    想像力をかきたてられる文が最高です!
    読み進めていくうちに、緊張感が高まりますね。ドキドキしました。
    大老の首が獲られた(そうだったのですね。刺されただけだと思っていました)次の行で
    「ひこにゃんは撃たれたのである・・。」
    読んでいる方は「えぇ~っ」です。何だったのでしょう、あの緊迫感は(^^)
    だからこそ余計に楽しくなってしまうのですが、こんな文章を書く河端先生ってきっとお茶目なんですね。
    いつも楽しいお話ありがとうございます。

  • #8

    くが (土曜日, 25 6月 2016 01:31)

    河端先生
    こんばんは。

    最初から最後まで、本っ当に楽しく拝見いたしました。
    凄いです!ありがとうございました(^-^)

    今日は何かと騒がしい一日でしたが、今はもう目の前でおこった『死闘』の光景しか思い浮かびません…

    お忙しいとは思いますが、次回作を楽しみにしております!

  • #9

    よしもち (日曜日, 26 6月 2016 07:53)

    史実を冷静に見つめ、さらに歴史小説家になれそうなほどの文章力ですね!グイグイ惹きつけられます。素晴らしいです!

    幕末の水戸藩で華々しいのはここまで。後は藩内は佐幕派と新政府側に分かれ、天狗党の乱をはじめ、凄惨な内ゲバ状態になります。あまり世間にも知られてないし今の水戸の人たちも知らない。知ってる人たちもあまり語りたがらない(苦笑)

    その後、長州藩などが時代に敏感に反応して武士と農民が一体となって明治維新の原動力となっていったのとは対照的です。先祖が水戸系の私としては残念。ちなみに私の先祖代々の墓はこの襲撃に参加した水戸藩士、佐野さんのお隣りにあります。





  • #10

    イワベンケイ (日曜日, 26 6月 2016)

    もう一つ最終回があったか。これにて徳川幕府の終わりとなったわけですね。
    新選組の隊士で維新後、警視庁に入り西南の役に参戦し、大正時代まで生存した人がいたと聞いたことがあります。
    桜田門外の変の関係者のその後、又、これが日本の政治、経済にどのように影響をあたえたか、知りたいことが増えるばかりです。
    中高年の物忘れ防止にはいいかもしれないです。
    次回を楽しみにしています。

カブックス体験セミナー
カブックス推薦の声
Q%A
藤井百七郎のブログ
高橋陽子のブログ
河端啓吾のブログ
二階堂直樹のブログ
生徒ログイン
登録銘柄エクセルシート
ご紹介キャンペーン
初級申込み
デイトレーダ様ご用達パソコン
 

 

ドメイン設定(受信拒否設定)をされている方へのお願い

モバイルやパソコンにドメイン設定(受信拒否設定)をされているお客様の場合、

弊社からお送りするご案内メールをお届けする事ができません。

ドメイン設定を解除して頂くか、又は弊社ドメイン『openingbell.net』を

受信リストに加えていただきますよう、お願い申し上げます。

また、メールが届かない場合は迷惑メールフォルダもご確認くださいませ。